2007 年
8 月
8 日
カテゴリ:活動報告
安全を判断するのはだれ
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最近、なんだか逆説的な考えがよく浮かんできます。食べものの安全性の問題で、偽装表示はもちろんいけないことだし、賞味期限切れのものを使うなんてとんでもないことです。あまりにもひどいことが次々と起こるもんだから、事業者への非難と同時に、チェックできなかった行政への攻撃もじゃんじゃんされています。ホントにそのとおりだよなと思う反面、それでいいんだろうかと思うのです。 ファーストフードやコンビニでは、賞味期限を数時間過ぎた商品は捨てられごみになるそうです。そして、それが安全安心のブランドとなるとか。 わたしは、家で「鉄の胃」と呼ばれています(笑)。たいがいのものは期限切れでも「大丈夫よ!」と食べてしまうからです。腐ったものやカビの生えたものは、臭いや味でわかりますし(そこまでは食べません!)、そういう判断をすることが生活には必要だと思っています。でも、家族からはわたしの「大丈夫」が半信半疑で見られており(なんたって「鉄の胃」ですから)、「やめたほうがいいよ」と囁く声もときおり聞こえます。 つまり、商売においてはきっちりやらなくちゃいけないのは当然で、そこは家庭内での選択とまったく違うのだけれど、わたしたちの判断能力が衰えてきているのとあわせて、最近あまりにも判断を他人に委ねすぎていないだろうかと思うのです。 例えば、公園の遊具や水場など子どもが遊ぶ場所で禁止事項が多くなるのは、事故が起こったときに行政が責任を問われるからです。子どもがのびのびと自由に遊べるような場にするためには、自律的な判断が必要です。もちろん安全性に気を遣うのは当然で、遊具のチェックなどはすべきなのですが、ベタベタたくさん禁止事項を設け柵をめぐらすことは、結局利用者が自分で判断しないことにつながります。 わたしたちがめざす自治のしくみは、個人個人の判断を紡ぎ合わせてつくり出すものです。食べものの安全も遊び場の安全も、遠い誰かに判断を委ねすぎないことが大切なのではないかと思います。
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