2007 年
10 月
20 日
利根川上流の堤防調査ツアー
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8月25日〜26日の堤防調査ツアーは、「利根川上流に堤防が造られていない」ことを点検するものでした。専門家や弁護士に混じってわたしも参加しました。解説を聞きながら川を見ると、素人にもなるほどとわかることが多くあります。
「堤防」ってどんなもの? 今回ツアーに参加して、これまで誤解していたことが判明。コンクリート護岸や川の堤に道があるものなどすべて堤防だと思っていたのですが、凸型で川の内外が低くなっているものが堤防だとわかりました。ついでに用語解説をすると、川の下流に向かって左側を「左岸」、右側を「右岸」といい、堤から川側を「堤外」、陸地側を「堤内」といいます。わたしたちが住んでいるのは堤内なのです。また、「基本高水流量」というのは、治水計画で対象としている最大洪水流量のことで、利根川では200年に一度の洪水(1947年のカスリーン台風の雨量がこれに当たる)で八斗島地点を22000㎥/秒の水が流れると国土交通省は想定しています。
堤防調査のねらい 今回の調査は、国交省が基本高水流量を22000㎥/秒としたことのおかしさを証明することを目的として、多くの目で点検したものです。カスリーン台風時の実績は17000㎥/秒(推計値)でした。国交省によれば、「基本高水のピーク流量22000㎥/秒は、もともと観測史上最大のS22.9洪水(カスリーン台風)の実績降雨から、河川整備等による氾濫量の減少を考慮して算出したものである」ということです。すなわち、カスリーン台風時の実績を17000㎥/秒としてこの数値を採用していたが、その当時は河川整備が不十分でこの推計値に入っていない氾濫流量があり、1980年見直しを行ったとき、氾濫分を加えて22000㎥/秒にしたと言っているわけです。1947年以降の河川整備等による「氾濫量の減少」が5000㎥/秒となり、上流に堤防を造って氾濫を防がなければこれほど減少するわけがありません。 利根川を上流から下る 上毛高原駅を出発した一行は、月夜野から見え隠れする利根川の流れに沿って下流へとバスで進んでいき、ところどころで川の護岸と堤内地との高さを確認しました。ほとんど川がつくり出した地形のままで、川の浸食によってできた崖や段丘が続いています。護岸の上部と道や家が建っている土地との高さがほとんど変わらないのです。一部で川のそばに堤防がありましたが、石積みの堤防でかなり古く、戦後造られたものでないことがわかります。大きく氾濫量の減少をもたらすような堤防は利根川上流には存在しません。今回八斗島の少し上流で利根川に合流する烏川についてはいくつかのポイントを見ただけですが、氾濫量の減少が5000㎥/秒ということはありえず、国交省が言っている基本高水流量22000㎥/秒がいかにまやかしであるかがわかります。 調査ツアーの最後に見た烏川の聖石橋付近は、とても不思議なところでした。川がどこまでなのか、堤外と堤内の境がはっきりしないのです。でも、よく考えてみると、人間が勝手に境を決めているだけで、境があろうとなかろうと川の存在に変わりはありません。 素人にもわかりやすく解説してもらいながら、2日間のツアーは、川の状況の共通認識を図り、裁判への取り組みをさらに進めていくステップとなりました。
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